猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

こんにちは、フットボール ~新シーズンはじまるよ!

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初夏のさわやかな風。
久しぶりの芝の匂い、スパイクの確かな感触。
バカンスはもうおしまい。
今日からはまた、フットボールフットボールフットボール
それぞれの想いを胸に、新しいシーズンがはじまる。

練習場に集まった選手たち。
彼らの前に設置されたお立ち台。
そのうえで、原稿を手にした猫さんがこほんと咳こむ。
はらはらどきどき。心配そうに見守るきみの前で、いよいよ、プレシーズン初日の朗読がはじまろうとしていた。

「これから読むのは」と猫さんは語りかける。「ヴィンセント・スタリットという人の書いた『221b』という詩です。スタリットはシャーロック・ホームズ物語の研究家で、『221b』はホームズとワトスンが暮らしていたベイカー街221bを指しています。このテーマで書かれた詩の中では、たぶん、世界でもっとも有名ですにゃ」

拍手、手びょうし、ゆび笛。
だが、新加入選手のなかには動揺している者もいる。
そのうちのひとり。ブロンドの若い選手が、顔見知りの2年目選手となにやら話をしている。
ふたりの会話をマイクで拾ってみよう。
「えーと、これ、どういう状況?」と若手。
2年目が答える。「見たまんまだよ」
「猫が二本足で立ってる」
「立ってるよ」
「スピーチしてる」
「してるな」
「これからポエム読むって」
「うるせえな」2年目が言う。無精ひげが彼を大人に見せる。「そんな当たり前のことにいちいち反応するな」
若手は背中をのけぞらせる。「当たり前のことなのっ!?」
「おれも1年前はお前と同じだったよ。おんなじように背中をのけぞらせてた。よだれだってたらしたさ。でもすぐにわかったんだ。6部では猫がふつうに話すものなんだって」
「ふつうにっ!?」
「今年からおれたちは5部でプレーする。だったら、猫がポエム読むくらいアリだろ」
「えーっと」
「おれは成長した。だから受け入れられる。おまえもそうしろ」
「それ成長なのかなあ?」

猫さんの声が練習場に響く。

"Here dwell together still two men of note
Who never lived and so can never die:
How very near they seem, yet how remote
That age before the world went all awry.
But still the game's afoot for those with ears
Attuned to catch the distant view-halloo:
England is England yet, for all our fears?
Only those things the heart believes are true."

その名も名高いふたりの男が、いまもなお共に暮らすこの場所
この世に生きたことがなく、それゆえにけっして死ぬことのないふたり
とても身近で親密なのに、それでいてどこまでも遠くはなれて感じられる
世界のなにもかもが変わってしまう前のあの時代だから
しかし信じる者はいまもなお、獲物が飛び出すのをじっと待つ
狩りの合図を聞き逃さぬよう、深く遠く耳を澄ますのだ
わたしたちの不安やおそれにかかわらず、イングランドのカタチは変わらない
心から信じたその姿こそ真実なのだから
(ほんやく・猫街221b)

その声に耳を傾けながら、きみは別のことを考えていた。
それは先日起きたショッキングなできごと。
昨シーズン、ハイドFCはマンチェスター・シティと提携を結んでいた。そのおかげで、レンタル選手の獲得を含め、さまざまなアドバンテージを得た。
シティの監督は、ビジャレアル時代から好きだったマヌエル・ペジェグリーニ
よいコンビ。そう思っていた。

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マンチェスター・シティに提携を打ち切られましたです!

シティは390億円をかけた巨大なトレーニング施設を建設したばかり。もはや、提携にメリットも感じないのかもしれない。きみは思い出す。以前、日本のプロチームの広報と話をしたことを。地元のちいさなテレビ局について、彼はこう言っていた。「あれ、鼻くそみたいなもんですよ」。
そう。シティから見れば、自分もそういうちっぽけな存在なのだ。

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BBCによると、16.5面のピッチ(人工芝の室内ピッチを含む)、選手が使用できるビデオ研究用の映像ホール(座席数56)、4つ星の宿泊設備、7000人収容のアリーナ(下部組織や女子チームが使用)などなど。すごすぎるにゃ……。

まあいいさ、ときみは思う。
いつかきっと、シティに、ペジェグリーニに、自分の価値をわかってもらえればそれでいい。そのためにもハイドで勝つのだ。尊敬や敬意、信頼は、めぐんでもらうものではない。勝ち取るものなのだから。

つづいて、猫さんが詩の後半部を読み上げる。
満足そうな表情。これまでのところ、朗読はうまくいっているようである。

A yellow fog swirls past the window-pane
As night descends upon this fabled street:
A lonely hansom splashes through the rain,
The ghostly gas lamps fail at twenty feet.
Here, though the world explode, these two survive,
And it is always eighteen ninety-five.

うず巻く黄金色の霧がガラス戸をなで
物語で名高いこの街に夜のとばりが下りていく
雨しぶきをあげて駆け抜ける二輪馬車に客の姿はなく
ぼんやりと浮かぶガス灯の光は20フィートも届かない
たとえ世界がこなごなに砕けても、ふたりはこの街で生き続ける
1895年のままで、いつまでもずっと
(ほんやく・猫街221b)

「以上、ですにゃっ!」
しばらくの沈黙のあと、大きな拍手がおこる。
涙を流す選手がいる。興奮して歌いはじめる選手がいる。ボールをつかんでピッチ中央に駆け出す選手もいた。
ふたたび激しくとまどうルーキー。
「ちょっ、これ、なんなの? どういうこと? おれどう振る舞えばいいわけ?」
2年目選手が静かな声で語りかける。「おちつけって」
「っていうか、あのポエムどういう意味?」
「意味じゃないんだ。大切なのは意味なんかじゃないんだよ」
「ええっ?」
「大切なのは、一日一日を生きることだ。せいいっぱい、フットボールをプレーすることだ」
「えええっ?」
「意味なんて考えちゃいけない。足をとめるな。ていねいに、心をこめて、1ステップ、1ステップ。そうやって全力で踊り続けるんだよ」
「あんた、ほんとにおれのいっこ上!?」

歓喜と混乱の練習場。
その片すみに、ハイドFC会長のジョー・キッチンがいた。
数分後の未来、会長はきみに話しかけることだろう。
シティとの提携が切れたことで、新たな提携先を探す必要があった。ジョーはその結果を伝えにきたのだ。
ジョーの愛するこのチーム。
きみはそれを優勝・昇格に導き、しかも年棒わずか70万円で残留してくれた。
その監督のために、できるかぎりの、最大限の努力をしたつもりだった。
数分後の未来、ジョーがきみに伝えたことば。
それはつぎのようなものだった。
「提携先がんばって探したけど、いっこも見つからなかったよ!」

そんなこんなで、
新シーズン、はじまるよ!