猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

何かが達成されようとする、その瞬間に② ~虹のように走れ~

ちいさくガッツポーズする愛里。
そのとなりで、JK23(本名ジェームズ・カイル)はアイデンティティの危機に直面していた。
記者歴30年。
考えてみれば、こんなふうに、正面から、面と向かって否定されたのは久しぶりのことだった。
身体の奥でなにかが揺れている。ざわめいている。ふるえている。
新米記者だった20代のころに、何度も経験したはずのこの感覚。
ウィギンスの言葉が、頭の中で鳴り響く。

「へぼ解説マジかんべん」byウィギンス 
「若いってすごい!」 by愛里の心の声

そうとう動揺していたのだろう。
この日のJK23の原稿はすさまじかったという。
最初に彼の原稿に目を通したのは、担当デスクのホレス・ハーカー。
ハーカーは後にこう語っている。
「身体がのけぞるほどの衝撃を受けました。何度も読み返しましたよ。フットボールの現場からこんな自由な表現が生まれてくるなんて、想像もしませんでした」
とくに難解と言われる冒頭部を紹介しよう。
それはこんな感じであったという。
「へにゃりんへにゃりん、へにゃりんりん。うにゃらんらんらん、えんりけ、ぺけ」

ようやく、ウィギンスの友だちが姿を見せた。
彼女、ウィギンズ、トニーの3者で、「久しぶり」とか「はじめまして」とか「最近どう?」とか。
招待券のお礼を言うと、トニーはゴール裏のスタンド席へと向かう。解説しなくてマジで良かった、とつぶやきながら。
その背中を「あ、おれもすぐ行きますからっ」というウィギンズの声が追いかける。
そのときだった。
ハイドに2点目が入る。
前半21分、ビリー・ホワイトハウスがヘディングでゴールを決めたのだ。

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時間にして、30分、いや40分ほどだろうか。
ウィギンズとその女友だちは熱心に話しこんでいた。
恋バナだった。
彼女の奇想天外なラブストーリー――「ねえ、あたしがそのナポレオン像を手に部屋に飛び込んだとき、ママがどんな気持ちであたしの彼氏にアイアンクローを仕掛けていたか、ママの指のすき間から彼氏がどんな目であたしを見つめていたか、想像できる? ロマンチックじゃない?」――を盗み聞きしているうちに、JK23も少しずつ平静を取り戻していった。
ウィギンスがようやくゴール裏に顔を出したのが、後半52分。
そこでハイドがPKを得た。

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今度はトニーが祈る番だった。
フットボールの神さま。お願いです。どうかこのゴールを決めさせてください。タイガーズ(ハイドFCの愛称)は苦労してここまできたんです。あと一歩なんです。おれだってたいへんだった。アウェイまで応援に行かせてもらうために、嫁の前でなんど土下座したか……。ウィキンスだってそうです。いいやつなんです。本当は忙しいのに無理しておれに付き合ってくれた。バス代を払うのだってやっとのはずなのに」
「あ、おれ暇すよ。っていうか、おれの親父がくれたタダ券でいっしょに来たんじゃないですか(*ご両親はバス会社を経営)」
「しーっ。ばか、お前はだまってろ」

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ホワイトハウスが冷静に決めて、これで3-0

楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
スタジアムの時計の針も、どうかしているのではないかと思うほどのスピード。
歓喜のときはもうすぐそこに。
リース・グレイが歯を見せて笑う。トニーが踊り、ウィギンズがツィートする。
記者席の愛里・アドラーも、祈るように組み合わせた両手に唇を押し当て、ほほえみを浮かべてそのときを待っている。
JK23でさえ満足そうだ。
ふたりの記者はハイドFCを応援しているわけではなかった。
だが、何かが達成されようとするその瞬間。
優勝の歓喜が押し寄せる、その瞬間。
そこに立ち会えることを、仕事という枠組みをこえて、深く愛していた。
彼/彼女の口から、「おめでとう」という言葉が自然ともれる。
この気持ちは何年記者をやっていても変わらない。

ペナルティエリアに侵入したリース・グレイがシュートを外したところで――

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――ついにホイッスル。

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優勝!
2014-15年シーズンのタイトルは、きみ率いるハイドFCの手に!

選手が喜びを爆発させる。
スタッフがベンチを飛び出す。
アウェイまでかけつけたファンが、ピッチになだれこむ。

気がつくときみも走りだしていた。
きみは笑いだす。なぜかうまく、まっすぐ走れないのだ。
虹を描くように、左回りに、弧を描いて走る。
両手を左右にかかげて、飛行機の翼のようにして走る。
子どものころにそうしたように。

ピッチに足を踏み入れた瞬間、突き上げるような芝の感触、浮き上がるようなその感覚。
ここでボールを追う。ボールを蹴る。試合をする。応援してくれるたくさんの人の前で、フットボールをプレーする。
選手の輪に飛び込み、もみくちゃにされ、もみくちゃにして、きみは彼らに伝えたい。
10年後、20年後に、きみたちはこのときのことを思い出すだろう。
いま、きみたちがどれほどすばらしく、貴重なときを過ごしているのか。
愛おしさと、懐かしさと、ほんの少しのうらやましさとともに、思い出すだろう。
きみらはフットボール選手なんだ。
6部も1部も関係ない。これ以上すばらしいことがあるだろうか。

そして、ときみは思う。
それは自分も同じなのだ。
10年後の自分がここにいれば、きっと、いまのこの時間がどれほどかけがえのないものか。それを教えてくれるだろう。
そうだ。
いま、いま、いまなのだ。
ひとつの呼吸、ひとつの鼓動、ひとつの握手、ひとつの笑顔。
その一つひとつがどれほど尊いか。
いまは見ぬ未来の自分のまなざしが教えてくれる。

選手、スタッフ、ファン。
彼らと肩をくみ、ぐるぐる回転して歌いながら、きみの目は猫さんを探す。
猫さん、きみに伝えたい。
おはよう、おやすみ、なんでもいい。ともに歩き、ともに笑い、ときには喧嘩もして。そんなひとりと一匹の時間をどれほど愛おしく思っているか。それを伝えたい。
あとで会おう。
すぐ会おう。
かならず会おう。
きみに話したいことがたくさんあるんだ。