猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

かぼちゃの馬車で舞踏会へ② ~愛里ふたたび!~

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時計のはりを動かそう。
くるりくるりと、すこしだけ過去に。

ハイドFCが優勝を決めた日、その試合後のこと。
愛里はちいさな生きもの――猫さん――を肩に乗せて歩いていた。
向かう先は、試合会場の裏手にある、チームバス。
迷子になった猫さんをチーム関係者に届けてあげるのだ。

魔法が使えるのに迷子になるの?
なるのである。

2012年2月7日、リバプールトッテナムの試合中、リバプールのホームであるアンフィールドにいっぴきの猫が飛びこんだ。

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GKのフリーデルと話しこんでいたとのこと


2014年8月24日、バルセロナのホーム開幕戦(対エルチェ)では、いっぴきの黒猫がバルセロナのホーム、カンプ・ノウを駆けぬけた。

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あ、レオかと思った(と思ってそうなダニエウ・アウベス


ほほえましい一コマ。
だが、このとき二匹はどれほど不安であったことだろう(得意満面にも見えるけれど)。
人間の感覚でも、フットボールの会場は広い。
子どもならば、ひとつの都市や町のように感じてもおかしくない。
アンフィールドは約4万5000人、カンプノウは約10万人もの観客を収容。
小動物にしてみれば、もはや世界そのものといってもいいほどの大きさである。

魔法が使えても、猫は猫。
優勝の喜びに湧く関係者からはぐれ、とほうにくれるその猫姿。
心配になり、記者席からおりてきた愛里が拾い上げてくれなければ、酔った観客に踏みつぶされていたかもしれない。

送り届ける途中。
子どもたちの一団が歓声を上げてひとりと一匹を追い抜いて行く。
そのうしろ姿を目で追う愛里に、猫さんが声をかけた。
「だいじょうぶ。きっと、いまもどこかで話しているにゃ。『おれたちはそんなことしないんだぜ』って」
愛里はおどろく。
それは、彼女がいままさに考え、願っていたことだったから。
「もしかして、あたしの心を読んだの?」
そう聞いてから、あれ、と首をかしげる。そもそもあたし、猫としゃべってるんですけど?

猫さんが彼女から読み取ったのはこんなイメージだった。
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受験を終え、卒業間近だった愛里、15歳。
放課後に、教室で、同級生の男子と話をしている。
「ねえ、なんで? 行こうよ、上野動物園
「だから、おれ動物だいっ嫌いだし。それに土曜はいそがしいんだよ」
愛里15歳は、恋の補正機能を使って、彼のセリフの一部を聞こえなかったことにした。
「いそがしいって、どこか出かけるの? だれと?」
「ゲームだよ。このあいだ設定してくれた、Football Manager。あれ、くっそおもしろいな。メシ食う暇もない感じ? っていうか、なんでおれ? ゆき子とかと行けば」
「……いいじゃん。あたしたち、付き合ってるんだし」
「おれら、付き合ってたの!?」
男という生きものは、付き合ってもいない、好きでもない女子に、べたべた触れるものだということを、愛里15歳ははじめて知っ……blah-blah-blah、blah-blah-blah ...
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あ、まちがえたにゃ。
以下のイメージのほうです。

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愛里は疲れていた。
英国の大学は、ある事件に巻き込まれてやめてしまった。
日本に戻ってきたものの、就職活動はうまくいかない。
かといって、もう一度大学に通い直す気力も経済力もなかった。
フリーランスとして名前の出ない細かい仕事をこなすうちに、フットボール専門誌の編集者と知り合った。
その縁でときどき試合レポートを書かせてもらえるように……と思ったら、試合レポートのページそのものが縮小されることになった。
編集者は言う。
「もうだれもさ、紙の雑誌でくわしい試合結果なんて読まないんだよね。一つひとつの試合を取材してまとめる。そういうのはもう難しいよね」
そういうわけで、その日、愛里は仕事の依頼もないままJリーグの試合会場に向かっていた。
日本でいちばん有名なチームの試合を選んだのは、そこから仕事につながるかも。そんな計算があったからだった。

愛里が歩く歩道、その後ろから大きな声が聞こえてくる。
真っ赤なユニフォームに身を包んだ、子どもたち。
なにやら熱心に、大声で話している。
応援マナー、とくにヤジや罵声について話しているようだ。
彼らの声に耳を傾けながら、愛里はうんうん肯いていた。
たしかに、スタジアムに飛び交う「ことば」には聞くにたえないものもある。
90分間、心臓がばくばくするほど走り、骨がきしむ音が聞こえるほど激しくぶつかり合う。
そんな選手に対して、いくらなんでもその言い方はない。
そう思うときもあった。

子どもたちの一団が、愛里を追い抜いていく。
そのとき、その中のひとり、いちばん前を歩いていた背番号5のユニフォームを着た男の子が、くるりと振り向いた。
でもさ、と男の子は言う。
「おれたちはさっ、ぜったいそんなことしないんだぜ。なっ!」
そう言うと、男の子はそのまま駆け出していく。
残りの子たち――3人、いや4人だったか――も、「たりめーだろ!」「なっ、じゃねえよ!」と叫びながらあとを追う。

そのうしろ姿を愛里ははっきりと覚えていた。
ずっと覚えていよう、そう決めたから。

彼らはいま、いくつになったろう。
いまでも同じ言葉を言い合えているだろうか。
そうあってほしい、と愛里は強く願う。あの子たちが大人になって、どこかで偶然すれ違ったとき、同じセリフを同じ気持ちで話していてほしい。
「ほかの人がどうあろうとも、おれたち/あたしたちはそんなことはしない」
これほど励みになる言葉はほかにないと思うから。
そして、自分の言葉や行動も、同じようにだれかを励ますことができると信じたい。
自分が一行いちぎょうを丁寧に書くことで、
一日いちにちを丁寧に生きることで、
すれ違うだれかを励ますことができる。
そう信じたかった。
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場面は変わってPC画面の中。
きみは空中に浮かんだ魔法文字の名残を不思議そうに眺めている。

きみは知らない。
猫さんが愛里に会いにいったこと。
再会の喜びで、会いにいった目的を忘れ、「超」がつくほどくつろいでいること。
お茶、ケーキ、おしゃべり、締め切りなんてクソくらえだにゃ――。

でも、それでいい。
落選の理由など知らなくてもいいのだ。
この世は理不尽に満ちている。
そしてそうした理不尽が、美しさの源になることもあれば、醜悪な流れを生むこともある。

落ち着いて考えてみれば、いまの状況は後者ではないし、後者にしてはいけない。
優勝したときのあの気持ち。
それがすべて。
最優秀監督賞うんぬんは、ささいなことにすぎない。

今シーズンのMVPは、ハイドのブライス・ワシ。
得点王は、ハイドを飛び出したあのエノク・ムケンディ。
おめでとう。おめでとう。
あしたはロッカールームでお祝いしよう。
来季について、語り合おう。

空中に浮かんだ魔法文字。
いまでも読めるのは「いらすとやさん、イラストありがとう」の一文だけ。
文字がすべて消えるころには、猫さんも戻ってくるだろう。
きっと、世界中を飛びまわり、監督賞の裏側をくわしく調査してきてくれるに違いない。
でも、いいんだよ、猫さん。
お帰りなさいって、いまなら笑顔で言えるから。

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