猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

The Adventure of the Football Manager 2015

ある晴れた朝。
熱い紅茶を入れたところで、見知らぬ男がきみのアパートを訪れる。

おはようございます、と男は礼儀正しくあいさつする。
自分は悪魔であり、目的はきみの「時間」だという。
「魂なんてあやふやなものはいただきません。いまこの瞬間から、きっかりきっちり1000時間、あなたの時間をちょうだいいたします」
そう言うと、男は小さな黒いカバンから巨大な掃除機を取り出す。
時間を吸い取るマシーンであります、と男は高らかに宣言する。
「1000時間。あなたはその間、なにひとつ生産的なことはできません。大切なあの人と会うこともできず、親しいだれかと言葉をかわすこともできない。行きたいと思っていた場所にはたどり着けず、楽しみにしていたドラマや映画は見逃す。朝のすきとおるような光を浴びることもなく、春の訪れを告げる風を頬に感じることもなく、時間はただただ流れ続けるでしょう。誰かのぬくもりを求めて手を伸ばしても――」

男はじっさいに手を伸ばし、手の平を握ったり開いたりしてみせた。
「――むなしく空をきるだけです。どうです? つらいでしょう。哀しいでしょう。やりきれないでしょう。わたしたち……」

そこで悪魔はおどろく。きみがほほえんでいるからだ。

奇遇ですね、ときみは言う。たったいま、ぼくはその1000時間とやらを失ったばかりなんですよ。ええ、そうです。きっかりきっちり1000時間。意味もなく放り出してしまいました。ひとつ言わせてもらえば、そんなたいそうな道具を出す必要なんてないんですよ。ノートパソコンひとつでこと足りますから。

きみは机のうえのPCを指さす。
画面は「Football Manager 2015」の起動画面を映し出していた。

せっかくこうして出会えたのだから、ぼくの失われた1000時間、その物語を聞いていってくださいよ。あなたの言うとおり、会いたい人と会うこともできず、楽しい会話で心弾ませることもなく、社会的に見て完ぺきなまでにゼロだったかもしれないけれど、でもそれでも、手を伸ばしたらそこに、悪魔さん、あなたがいた。そんな話に耳を傾けるのも、悪魔さんのキャリアにとってむだにはならないと思いますよ。

呆然とする悪魔を残し、きみは台所へと向かう。
久しぶりのお客のために、熱い紅茶を、たっぷりといれるのだ。

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