猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

話をしようと母は言う

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時間をすこしだけまき戻そう。

秋のはじめの、ある日の午後。
練習場のロッカールーム前。
入口よこにあるベンチに、ひとりの選手のすがた。
若手プレイヤー、架空之千秋(かくの・せんしゅう。ニックネームはカーク)である。
練習時間をまちがえて1時間以上はやく到着。ひまを持てあましてスマートフォンをいじっていたが、それにも飽きてしまった。
しかたなく、母親の番号をおす。
ふたりが話すのはひさしぶりのことだった。

「あ、かあさん」とカークは言う。「おれだよ、おれ、千秋。は、なにそれ? ほんとだって。おれだよ、あんたの息子だよ。え、子どものころの好きな遊び? 船長ごっこですよ、もちろん。だからほんものだっての! いま? 練習場。はやく着きすぎちゃって――。クビなったと思ってた? なにそれなんで?」
スマートフォンの向こう側からやかましい声がひびく。カークは電話したことをはやくも後悔しはじめていた。
「いや、たしかに試合にはぜんぜん出れてないよ。はい、はい、そのとおりです。正確にいうとベンチにもはいれてないです、すみません。……もちろんだよ! おれなりにちゃんとやってるよ。そうじゃなくて、おなじポジションにすげえのがいてさ」

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得点にアシストに大活躍のOMFキーン・ブライアン(能力値は今シーズンの注目選手 2015-16を参照)。月間MVPを受賞。そのあとも彼がケガをするまでチームは1敗もしなかった。

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f:id:nekostreet221b:20150715183837j:plainリンカーン・シティ戦ではすばらしいミドルも決めたです。クラブのレジェンドからもべたほめ。

ベンチの向かいのかべ。
そこにおかれた、段ボール箱。
そのなかで、猫さんがきみと電話をしている。
こちらのペアも、きちんと話をするのはひさしぶり(ケンカ中)。
「なにしてるんだにゃ」と猫さん。「店長が急病でまだ出られない? あのねえ、バイトがたいへんなのはわかるけど、いつもだれよりもはやく練習場にきてたじゃない。もう選手きてるよ。え、だれかって? えーっと」
カークと猫さんの目が合う。
かるく会釈するひとりといっぴき。
猫さんはこほんと咳をする。「とにかく、はやくきなさい」
「かあさん、あのね」カークは説明する。「おれだって試合に出たいよ。でも、おれはさ、開幕したつぎの週に監督室にどなりこむようなやつとは違うのよ。せめてふつうに話をしろって? やだよ。かっこわるい」

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どなりこんできた人。おれの才能がもったいない、とのこと。


猫さんも説明する。「いや、そこまでは言ってないよ。甲斐性なしのびんぼう監督? だれそんなこと言ったの(*猫さんです)。うん、うん。そういう意味じゃなくて。ミスはミスだって言ってるだけ。チームは好調だし、思いつめる必要はないの。メディアのシーズン予想では16位だったわけだし」

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2015-16年シーズン開幕から、7戦無敗のチーム記録。チームは首位をひた走る。

「かあさん、ちがうってば。短期レンタルのシナン・バティチもはんぱないし、チームも調子いいしさ。空気わるくしたくないだけ。ところでU-19ヨーロッパ選手権見た? イングランドのパトリック・ロバーツがMVP――え? ごまかすなって、どういうことだよ」

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優勝はドイツでしたにゃ。大会MVPは、“イングランドのメッシ”パトリック・ロバーツ。2部のフラムFC所属です。

「それはちがうよ」と猫さん。「たしかに、シティとの提携が打ち切られて、そのとたん練習設備は最低ランクに落ちた。獲得したがってた宮市も浦和レッズにとられちゃった(*フィクションです)。提携先はいまだに見つかってない。だけど……」
監督と話すのをためらうカーク。食い下がるカーク母。
「もう、ほんとうるさいなあ。あっ、すみません、そっちのことじゃなくて……。いえいえ。……ああ、もしもし。いや、こっちの話だよ。そばで猫さんが電話で話しててさ。だれって、だから猫さんだよ。ええと、いちおうほんものの猫ですけど?」
猫さんが言う。「でもさ、けっきょく今回の件(豆だいふくをめぐる冒険参照)は会長のせいじゃないよ。シティのせいでもないし、ペジェグリーニのせいでもない。リーグ規約を読まなかったあちきたちがわるいんじゃないか。これは自分で選んだミライなんだよ。うん。選びたくてえらんだわけじゃない。それでもほかのだれかの責任ではないし、そのことはわすれたくないんだ」

電話口からカーク母のダミ声が聞こえてくる。
だれかと話をするのがはずかしいって? こうしたいって伝えることがみっともない? そんなこと気にしててどうするんだい。話をしなさいな。話をして、その結果ケンカになったっていいじゃないか。失敗したっていい。完ぺきに理解しあえるはずがないんだから。語り合うことがだいじなんだろ。それをし続けることがだいじなんだろ。衝突がこわくて自分の意見すら言えないような子に育てたおぼえはないよ!
「かあさんの言うこともわかるけど、そうかんたんな話じゃない。むこうは監督で、おれはぽっと出の架空選手だよ。話すのも勇気いるだろ」
あのね、あんたほんとにわかってんの?
「わかるってなにを?」
あんた、キーパーでしょ。ゴールキーパー。なんで中盤でポジションあらそいしてんのよ。
「……たしかにっ!」
たしかにじゃないでしょうが、このすっとこどっこい!
「あんたこそほんとにおれのおかあさん?!(涙)」

猫さんが深呼吸をする。
できるだけ落ち着いた声を出す。
「知らなかった。どうして話してくれなかったの? 昇格できなかったらやめる、会長たちにそう伝えたんだね。……優勝するか、上位に入ってプレーオフを勝ち抜くか。昇格するにはそれしかないって知ってるよね。いまの攻撃重視のスタイルで、トーナメントを勝ち抜くのはしょうじき難しいよ。リーグ優勝するしかない。うん、うん。わかってる。けんかばかりで、さいきんは話をしてなかったよね。相談に乗ってあげられなかった。うん。ここで待ってる。あとで話そう。話をしよう」

電話を切ったとき、ひとりといっぴきは泣いていた。
そこで猫さんはようやく思い出す。
目のまえで半べそをかいている若手選手。
ゴールキーパーとして入団したのに、中盤の選手だとかんちがいされて、出場機会がまったくなかった。
そう、たしか、名前はスポック!
(*カークです)