猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

夢のおわりと魔法の猫じゃらし

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高く、広い、冬の空。
久しぶりの、おだやかで温かな一日。
練習場脇のベンチで、猫さんがスフィンクス座りで本を読んでいる。
そこに近づく男がひとり。
こわいのは嫁だけ、ふつうに猫と話します」に登場したトニーだ。

「よう」
そう言って、トニーは猫さんの隣に腰をおろす。猫さんが手にした日本語の本、そして猫じゃらし型のなにか。それらを興味深そうに眺めたあと、ポケットに手をつっこみ、どこまでも青い空を見あげた。
「……負けちまったなあ」

猫じゃらしはきみにもらったクリスマスプレゼント。
ふしぎなことに、しおれることなく、いまもみずみずしいまま。日の光を浴びてきらきらと輝いている。
もちろんそれは猫さんの手に触れたから。
その肉球に触れたとたんに、猫じゃらしは魔法の杖になったのだ。
猫じゃらしの形状そのままに、きのうは耳かき、今日は蛍光ペン、あしたはきっとスチームクリーナーになるだろう。
ふしぎで素敵な猫じゃらし型蛍光ペンで、猫さんは読んでいる本に印をつけていく。
きゅっきゅっきゅっと。

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FAカップの対戦相手ダービー・カウンティFCの本拠地iProスタジアム。収容人員は約3万4000人で、座席数で比べるとハイドFCの本拠地Ewen Fieldsの約70倍。


「でも、よくやったよ」トニーは言葉を続ける。「おれたちはどでかい相手にどでかいことをやってのけた。信じられるか? 3部のチームを2回も倒して、FAカップ3回戦まできたんだぜ。おれたちが、6部のおれたちがだぞ。もちろん負けたことはくやしいさ。けど、なんてーのかな……」

猫さんが読んでいるのは、ヘスス・スアレスと小宮良之の共著『王者への挑戦状』。
蛍光ペンで印をつけているのは、「デブ猫の逆襲」という章。
2010年、当時レアル・マドリー監督だったジョゼ・モウリーニョが「狩りに出かけるのに、犬は手元にいないが猫がいる。ふむ、猫と出かけることにしようか」と語ったことがある。
犬にたとえられたのは負傷欠場していたゴンサロ・イグアイン、猫にたとえられたのはカリム・ベンゼマだった。
そのころのマドリーでは、生粋のゴールハンターであるイグアインが先発FW。
いっぽうのベンゼマは、高い技術をそなえた総合力の高いフォワードではあったものの、なにがなんでもシュートをねじ込むというタイプではなかった。のんびり・おっとりしたところがあり、目を離すとすぐ太った。モウリーニョ好みのフォワードではない。

スアレスは書く。
ベンゼマは内向的で感情を表に出さない。緊迫した場面にもかかわらず、どこか鷹揚と構えている(少なくともそう見える)。勝負における鋭さや荒々しさは不思議と感じさせない。『僕は眠るのが好きなんだ。日々の日課は、ランチ後の昼寝。でも、1時間以上は絶対に寝ないようにしているんだよ。だってさ、夜眠れなくなっちゃうじゃん』そう満足げに語っていたベンゼマ――(後略)」

スアレスベンゼマのことディスってない? そう思う人もいるかもしれないが、そうではない。
「……『ベンゼマは戦えない選手』とイメージで語る人は少なくないが、私は『おまえの目は節穴か』と叱りつけてやりたい。人によって、『戦闘』の示し方は違う。ジェンナーロ・ガットゥーゾのように歯をむき出しにし、目を見開いて駆け回るのだけが、戦うことではない――(中略)――彼はゴール前で得点を狙うポジションに留まることを求められると、ストレスを感じてしまう。サイドのスペースに自由に流れ、中盤に落ちて連係し、流動的にポジションを変化させて守備陣を崩すことに、快感を覚えるのだ。モウリーニョはゴールゲッターとしての物足りなさを抽出して、ベンゼマを『猫』と表現したのだろう。しかし断言してもいいが、C・ロナウドとベイルを従えるマドリーの9番としては、ベンゼマ以上の人材は見つからない」
にゃるほどなー。きゅっきゅっきゅっ。

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「試合開始1分でさ、PKを与えて失点だろ。しかもそのプレーで、キャプテンで大黒柱のCBリアム・チーバーが重傷。さらに、PKを蹴ったのは超有望株のウィル・ヒューズで、ホームチームを勢いに乗せちまった。そのあとすぐブライス・ワシも重傷で退場するし、ふだん冷静なおれでさえ『マジパねえっ!』って叫んじまった」
そう言って、トニーは頭をかく。
「でも、おまえら、ぜんぜんあきらめなかったもんな。偽の9番のリースが前線と中盤の微妙なポジショニングで相手を混乱させて、右ウィングのファーガソンがフリーランで撹乱し、左ウィングのムケンディのシュートをうまくお膳立てしてた。枠内シュートは1本だけだったけどさ、オフサイドでゴールが取り消しにされてなきゃ、その後の試合展開もきっと……」

猫じゃらし型蛍光ペンは走り続ける。
ページからページへ、言葉からことばへ。
「……伝説的名将であるルイス・セサル・メノッティが、私にこんなことを語っていたことがある。『チームをマネジメントしていくのに、大事なことはなんだと思う? フットボールチームはオーケストラに似ているんだ。演奏者というのは、楽曲を一定のルールに則って奏でなければならない。それは選手も同じだろう。ルールとは、一定のテンポやリズムの強弱、出していい個性、出してはいけない個性と言ったところかな。例えばバイオリンのソリストは、もちろん自分の技を見せてもいい。ただ忘れてはならないのは、個性は全体の調和の中にあるべきだということだ』」
ふむふむー。きゅっきゅっ。

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「ザ・オブザーバー」紙ジェイミー・ブラウン記者の質問。「今日、ダービーに敗れたことで、ハイドFCの夢のような快進撃は終わりをつげました。試合を終えたいま、どのようにお感じですか?」

トニーは猫さんの頭をすこしだけ撫でた。
「励まされたっていうと、大げさなんだけどよ。なんだかそんな感じなんだよ。あー、ええと、うん……ありがとな。これからも応援してるから、がんばってくれよな」

肩をすぼめて歩み去るトニーを眺めるうちに、猫さんははじめてFAカップで敗退したことを実感した。
自分たちの勝利や敗北が、だれかの、なにかもっと大きなものにつながっていることも、知ることができた。
残るコンペティションはあとふたつ――。

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