猫街221b - Football Manager -

ゲーム、本、音楽や映画。そこに日常のささやかなできごとを絡め、物語仕立てに書いています。いまは「Football Manager」というゲームのプレイ日記が中心です。

豆だいふくをめぐる冒険 punyu(下)

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やがてふたりはたどり着く。
そこは、きょだいな地下フロア。
どこまでも高い天井、大型の倉庫のような奥行きと広がり。
天井にはりめぐらされた蛍光灯が照らし出すのは、ずらりと並んだピンボール台。
とてもとても静かな場所。

「こっちだ」
すっかり猫化したミスター・モロカミが手招きする。
78台のピンボールのすきまを歩いていくと、ぽっかりひらけた場所に出る。
その中央に、対面式のキッチンカウンター。
カウンターのうえには、豆だいふくを載せたお皿がいちまい。
豆だいふくは3つある。
同じような大きさ、同じような色、そして同じようにおいしそう。
ほんものはひとつですね、ときみは言ってみる。
「ふはっ」ミスター・モロカミはうれしそうにのどを鳴らす。「ブラボー。そのとおりだよ。ひとつはほんもの。残りはにせものだ。さすがは猫さんがよこした人間だね。ひとめで見ぬくとは」
そして、どこからともなく木製のイスを取り出すと、背もたれと逆向きに腰かけた。
「さあ、とっとと選びな。そしてとっとと帰るんだ」

豆大福。
豆だいふく。
そしてまめだいふく。
この物体をこれほどまでに集中して観察したことがあっただろうか。
この白い粉、これはそもそもなんだ? ぶかっこうで、ふぞろいで、それでいてスタイリッシュなのはなぜ? どうして、こう、見ていて心あたたまる?
真ん中のだいふくを指でおしてみる。
ぷにゅっ。
だいふくはなにも答えない。ただ、おいしそうなへこみを作るだけ。

3つ問題があります、ときみ。
「言ってみな」
ひとつは、ええと、お金がありません。持っているのは1ユーロ札1枚だけです。
「……ふたつ目は?」
どれがほんものか、ほんとうはわからないんです。見分けがつきません。さっきはあてずっぽうに言っただけで……。
「続けて」
3つめ。帰り道がわかりません。でもできるだけはやく帰らなければならないんです。猫さんが待っているから。
「つまり、あんたは」モロカミがゆっくりと立ち上がる。思っていたよりも、ずっとおおきい。「金がない。見る目もない。帰り道すらわからない。けれども、ねこ豆だいふくをいただいて、できるだけはやく帰りたい。そういうことかな?」
きみはうなずく。
のどがからからに乾いていた。わきの下にあせをかきはじめている。
「ずいぶん都合のよい話に聞こえるね。おれが化け猫ならあんたは頭から食われちまうところだよ」
モロカミの目がらんらんと輝く。ドラマ「エクスタント」の子孫のように。
口が横におおきく広がり、キバのようにするどくて長い歯が見えた。
沈黙が流れる。

「やれやれ」
モロカミが頭をかく。
「いいだろう。ほかならぬ猫さんのたのみだ。金はいらない。だいふくもおれが選ぼう。ハイドへの帰り道も作ってやろうじゃないか。最後のリクエストはちょっとばかりむずかしいが、おれにだってまだそれくらいの力はある」
モロカミは言葉をつづける。
「ただし、あることと交換だ。ひとつ手伝ってもらいたいことがある。なあに、簡単なことさ。あんたはサッカークラブのマネージャー、つまり監督さんなんだろ? ちょっとその知識をかしてほしいだけだ。それくらい問題ないよな」
もちろんきみの答えはイエスだ。
「よおし、取引成立だ。さあ、すわりたまえ」
腰をおろすと同時に、豆だいふくの横にデスクトップ型のPCがあらわれた。スクリーンに浮かび上がるのは「Football Manager 2015」の起動画面。
「最近はじめた。無職でスタートして、イングランド6部のハイドFCの監督になった。だが、これがなかなか勝てない。アドバイスをもらえるとうれしい」
データをみると、開幕から3ヶ月すぎている。ミスター・モロカミのハイドは勝率4割。引き分けが多かった。
「ウェブで調べて補強をした。ケガをしない選手もそろってる。戦力的にそこまで差はないはずだが、どうにも競り負けてしまう」
ふうむ、ときみはうなずいてみせる。できる限りの威厳をこめて。自分もほぼ初心者だということ。それを悟られてはいけない。
6部リーグでは各チームの戦力におおきな差はありません。なので、気をつけるべきはふたつです。

a) モラル(士気
b) 選手をいれかえすぎない

モラルは勝つこと、とくに連勝することでおおきく上昇します。
連勝する→モラルが上がる→勝ちやすくなる→さらに勝つ。そのサイクルに乗れるかどうかの勝負といってもいいでしょう。うまく波に乗れればシーズン全勝も夢ではないです。
うんうん、とうなずくミスター・モロカミ。
ではどうすれば連勝できるか。大切なのは、やはりモラルです。モラルを高く保つ必要があります。そのためにも、週にいちど、試合の前の日に、選手に声をかけましょう。なんども同じ話をすると逆に怒らせてしまうので、会話の履歴でかくにんして、同じ話題を連続で振らないように心がけるといいと思います。
「b」も重要です。オフの間に、先発とベンチを決めておきたいですね。で、それをできる限り維持する。シーズン中に大型補強するのはおすすめしません。施設のととのっていない6部リーグではケガの頻度がすさまじいので、その意味でも「能力はまあまあだけどケガをしない選手」は積極的に起用しましょう。

そこできみは思い出す。思い出してしまう。
いま、ハイドFCでおきている問題を。
これは現実のフットボールの話なのですが、はずかしながら、うちのチームはそのサイクルに乗れずにいます。かんぜんに自分のミスです。けっきょくのところ取説、つまり取扱い説明書。それをしっかり読んでおくべきだったんです。
「いや、それおれと関係ないんじゃ……」
だんだんと興奮してくる。
読むべきだったんだ。6部から5部にあがると、リーグのルールそのものが違うんです。まったく違う。それなのに、こまかい英語の文字を読むのがつらくて、ほうっておいた。だめなやつです。サイテ―だ。監督しっかくだ。
「まあまあ」
フットボールクラブのマネージャー? そんな立派なものじゃないんです。もう、お話にならないような猫野郎なんですっ。

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これが5部リーグのルールですにゃ(*興味のない人は読み飛ばしてOKです!)。6部との違いはいろいろあるけれど、とくに注意したいのは短期レンタル選手のあつかい。6部では短期契約をひたすら更新していけばよかったのだけど、5部では基本的にそれができないです。つまり、短期レンタルはその場しのぎの補充にすぎないということ。シーズンを通して選手をいれかえないで戦いたいのなら、短期レンタルはNG。長期レンタルで獲得するです。ちなみに各リーグそれぞれルールが違うのだけど、こまかくてぜんぶ読む気になれないにゃ……。

息をきらし、手を震わすきみに、ミスター・モロカミはやさしかった。
当たりのだいふく(きみがぷにゅっとした中央のやつ)を紙につつみ、ぎこちないけれど誠意のある笑顔をみせる。
「猫さんによろしくな」
肉球あくしゅ。
お店、ときみ。和菓子屋、長い間あけさせてしまってすみません。
「和菓子屋? なんのことだ?」
あなたのお店ですよ、ときみは天井のほうを指さす。
「ああ、うちは和菓子屋じゃないよ。ぜんぜんちがう。〇〇朝日堂という名は、そこにある商品ではなく、その姿勢で記憶されるべきだ。姿勢とは心構えのことであり、生き方であり、ひとつのスタイルだ」
ミスター・モロカミが肉球を宙にかかげる。
すると、そのさきにうっすらと光る道ができた。
「その通路をまっすぐ進むんだ。さあ、はやく。猫さんが待っているんだろ」

通路を歩いていくと、やがて下り階段の前に出る。
右横に小さな教会のようなスペース。両側の壁には、えんじと青のユニフォームを身にまとった選手たちが描かれている。階段を下りると、そのさきにちいさな上り階段があり、そこが出口のようだった。出口のさきは、まばゆいばかりの光。
ここはピッチへと続く通路。
試合に出場する選手が歩く道だった。
ピッチの方角から、きらめきのなかから、どよめきと歓声、応援歌が聞こえてくる。
まるでだれかを待っているかのように。
きみは光と声のうずに向かって駆けだした。
そのさきで猫さんが待っていてくれるはずだから。

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エピローグ(おまけ)
光のさきは闇だった。
スタジアムも、ピッチも、観客の声も、みんな消えてしまった。
きみは暗闇を見わたす。森のなか? いや……。
そしてきづく。
ここはハイドじゃない。
ロンドンにあるハイド・パークだ。
ミスター・モロカミはまちがえたのだ。いや、たしかに猫さんをひろったベイカー街はこのすぐ近くだけど。
夜空を見上げると、そこにはおなじみの北極星
お腹がなる。そういえば、ながいあいだ何も食べていないような気がした。
するとそのとき、ねこ豆だいふくの紙包みがひとりでに開き、ぱふん、というちいさな破裂音。
ねこ魔神の出現だ。
「わたしはねこ豆だいふくに住むねこ魔神。ただしいだいふくを選んだお主の願いをかなえてつかわそう、だにゃ」
きみは感激する。ミスター・モロカミはまちがえたわけではなかったのだ。さっそくハイドに帰って猫さんに――。
「あー、いやいや」とねこ魔神。「そういうアドリブはほんとむりだから。願いはもう用意してあるから、つぎのみっつから選んで。

a) ハイドの自宅へ帰る(だいふくは消滅する)
b) お車代として30万円支給(だいふくは消滅する)
C) だいふくをハイドの自宅に送る(きみはここに残る。1ユーロ札は消滅する)
さあ、きみのみらいはどっちなのっ!?」

願いをかなえてしまうと、ふたたびきみはひとりぼっちになった。
暗いし、さむい。おまけにお腹はぺこぺこだ。
それにしても、1ユーロ札までうばうなんて。意味がわからない。あんなひどいねこ魔神に会ったのははじめてだ。いや、ほかの魔神にあったことはないけれども。
きみはとぼとぼと歩きだす。
警察署に向かうつもりだった。
事情を説明して、電話をかりよう。
ねこ魔神? ねこ豆だいふく? 信じてもらえるだろうか?
いずれにしても、話をしなければはじまらない。そして、だれかに語りかける以上は、こころから、せいいっぱい、できるかぎりの誠意をこめて語らなければならない。
信じる、信じない。
それを決めるのはきみではない。きみの物語に耳をかたむけてくれる、こころ優しいだれかなのだから。